感情優位と治療への希望
座ることがこんなに辛い事を生まれて初めて体験しています。
今の私は仙骨奥あたりの痺れやお尻の引き攣れで1分と座っていられず立ったり座ったりを繰り返す毎日です。
激痛ならば救急車を呼べるのに厄介な症状です💧
何が辛いかと言えば
座ってゆっくりテレビを見たり本を読んだりできない事。
ご飯も1〜2分でかき込むように食べること。
絶えず身体をさすったりゆすったりして
とにかく落ち着きません。
精神的に追い詰められます。
どこへ行っても効果が見込めず
治るのだろうかという不安。
そんな状態で在宅介護をする不安は心身共にギリギリの毎日です。
ブログはベッドで横になっていても出来るので唯一の発散場所です。(横になっても痺れは変わらないのですがまぎれます)
このような毎日の私を見ていても
自分の感情が優先し、ディサービスの毎日利用や介護施設も拒否する夫の姿には
認知症ではないのに、と思いながらも冷静に判断できない事を仕方ないと思わざるをえない状態です。
介護者ありきの介護なのに介護者が指導権を握れないのは自分(私)の問題でもあるとも思います。
嫌がる事をさせたくないのとクレームを聞きたくない私の弱さは在宅介護に支障が出ます。
もっと客観的に合理的な視点を持ちたいと思うだけで 結局、私も夫と同じように自分の感情優位になっているのかも知れません。
娘も心配して沢山の提案や相談にのってくれています。
在宅介護2年目くらいまでは親族からの声掛けの無さが寂しすぎて世を恨み人を恨み.のような精神状態で
介護従事者からの心ないと感じる言葉などからも人間不信のようになっていました。
娘も双子の幼児の子育てで大変な時期を過ごしている最中だったので、逆に私も力になれない部分も切なく思いながらも
お互い大変なこの3年半を乗り切り今は戦友のように辛さを前向きにわかりあえる仲になれたことは娘に感謝。生きていた自分にも感謝です。
親族でなくとも本音を話してわかってもらえる人がいることは生きる上での大きなエネルギーになると思いますが
それが娘であることは私にとっては尚更嬉しいです。
この3年半の孤独感は本当に怖かった。
少しそれは通過したようです。
絶対に治して前向きに生き生きと生きるからね!と娘に約束しました。自分にも。
次に治療に行く所が自分に合う治療法であることを願ってやみません。
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